言葉とは、考えてみれば不思議なものである。

言葉は私たちの脳内、あるいは魂や思考と呼ばれるもののなかに存在している。つまり、私たちの「内側」にある。しかし言語は、生まれたときから私たちの内側にあったものではない。それは外部から、他者によって教えられるものである。

そう考えるなら、言語とは「内側に入り込んだ他者」である。

自己とは、もっとも不可思議な現象のひとつである。私は私であり、他者ではない。私の意識を他者が直接経験することはできず、他者の意識を私が直接経験することもできない。その意味で、自己と他者とのあいだには絶対的な隔たりがある。

しかし言語は、この隔たりを破壊する。

私たちは言語があるからこそ、自分とは絶対的に異なる存在である他者と会話することができる。そして不思議なことに、私の内側に存在するこの言語は、他者の内側にもまた存在している。

私たちは、この言語の巨大なネットワークを通して結ばれている。今日の昼の献立のような些細なことから、宇宙の真理や宇宙の始まりといった途方もない神秘にいたるまで、私たちは互いの思考を共有することができる。

では、主観と客観、自己と他者をつなぐ、この広大なネットワークの正体とは何なのだろうか。

その不可思議な現象に少しでも迫り、微弱ながらも今後の言語の発展に貢献することができれば幸いである。